家事と家族とエトセトラ

主婦のあれこれ、ようやくスイッチ入れました。

子どもの巣立ちを考えたら……小さいお子さんをお持ちの方も想像してみて

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今朝は珍しく子どもだけが早く出かけたので、遅く起きた主人が1人で朝食を食べていました。

主人がぽつりとつぶやきます。

「子供たちが大きくなったら、きっとこんな感じなんだろうな。」

なんとも言えない寂しさがこみ上げてきました。

小4兄と小2妹。そんな話はまだまだ先で、2人がいなくなる生活を想像したことはありませんでした。

 

 抱っこや手をつなぐことができるのはいつまでだろう

いまだに「お母さん、ぎゅー(ハグ)してー。」「抱っこしてー。」と近づいてきます。大きくなるにつれて重くなり、30㎏ってなかなかキツイ!

「子どもの成長と、母の体力の限界。お母さんは子どもの抱っこを引退します。」

力士ばりの引退宣言をしましたが、子ども協会に棄却されました。


子どもは高学年にもなれば、母にくっついて甘えることはないものだと思っていました。

しかし小4兄は、今も手を繋いできます。でもね、手をつないでから我に返って恥ずかしくなるんでしょうか?すぐにパッと離してしまいます。

だから私は小4兄が手を繋いできた瞬間、胸がキューッとなるのです。

「またすぐにパッと離しちゃうんだろうな。」「もう繋がなくなる日が来るんだろうな。」「まさかこれが最後だったりして。」

キュ―――――――――ッ。

 

先日 小4兄と2人で出かけた時のこと。 少し遠くまで出かけた帰りに駅まで歩いていると、小4兄が手を繋いできました。

またすぐ離してしまうのだろうと思って、私から何気なくパッと手を離したら、驚いた様子で「え?ダメなの?」と聞いてくるんです。

キュ――――――――ッ。

知り合いに会うこともないであろう場所だからですかね?この日はずっと手をつないで歩きました。

怒っても許してくれる子どもに甘えていた私

私は子どもをよく怒ります。「怒る」と「叱る」とは違うとよく言いますが、私は完全に怒っています。今の時代は、子どもを叱らずに諭すとか寄り添うっていうのが教育のスタンダードなようだけれど……難しくないですか?

だってイラッとすることいっぱいあるでしょう! ドア開けっぱなし、使った後のティッシュは机の上に放置だし、片付けはしないし、ずっとテレビ見てるし。

 そんな、いつも怒っている私ですが、「怒るのやめよう」と思ったことがあります。

実は昨年、働きに出たんです。
女性のパートが多い職場でした。その中に金閣銀閣みたいな人がいて、私はその子分たちにいつも監視されているような気分でした。数年働いている方でも同じようにみんなの前で怒られていました。それを聞いているのもとてもつらかったです。

その先輩方の怒り方がね、なんだか身に覚えがある怒り方なんです。

……子どもを怒るときの私です。

怖い顔をして、嫌味たっぷりに注意される。感情を前面に出した怒り方。

 

ごめんね小4兄。ごめんね小2妹。
いつもこんな気持ちだったんだね。

まさか自分が働くことで子どもたちの気持ちを味わうとは思いませんでした。いい経験でした。
……仕事は辞めました。

 

それでもいまだに怒り続けている私は、なんてダメ母なのだろうと思います。例えばこれが会社の部下とかなら、もう少し相手に配慮した注意の仕方もするのでしょうが……

いやいや言い訳ですね。ごめんなさい。

 

 

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忘れたくない気持ち

小学生になった今も、子どもたちはかわいくてかわいくてしょうがありません。
私は自分の子どもが生まれるまで子どもが嫌いだったので、この気持ちには自分でも驚きます。

子どもは大きくなるにつれ、かわいくなくなると思っていました。でも、いつまでたってもかわいい。

子どもが小さいころ、大人たちは「今がいちばんかわいい時期だねー」って決まり文句のように言いました。

生後半年の時も、1歳の時も、2歳くらいの時も、「今が一番かわいい時期だね」って。(多分もう少し大きくなってくると自我も芽生えて大変になってくるっていうことだろうけれど)

一番っていつなんだろ?と考えたことがあるのだけれど、私は「今」だと思います。成長するにつれてかわいさの種類が違ってくるけれど。小さいころもかわいかったけれど結局「今」が一番かわいいなと、ずっと思っています。

いつかわいくなくなるんですかね?検証していきたいと思います。

 

ふと、ある詩(?)を思い出しました。ママさん界隈では知っている方も多いと思いますが、LICOさんという方のブログにあります。

「ママの日常」というタイトルで書かれた日の内容を一部紹介しますね。

 


自分とパパの洗濯物だけを回す日々が訪れたら
砂まみれの靴下も
おしっこを失敗したズボンも
牛乳をひっくり返したシャツも
洗濯カゴにないことを知って
私は泣くのでしょう


あなたの足音がしない部屋の掃除機をかける日が訪れたら
粉々になったビスケットの食べこぼしも
小さなおもちゃの部品も
あなたの細い柔らかい髪の毛も落ちていないことを知り
私は泣くのでしょう


1人で好きなことを
好きな時に好きなだけ出来るようになったら
どんな時も「ママ」「ママ」と私を呼び
どんな時も私のことを探しているあなたの姿を思い出して
私は泣くのでしょう

  (LICO 「ママの毎日」より抜粋)

 

忘れがちなこの気持ちを、時々思い出したいと思います。子どもに少しやさしくなれます^^


子育て真っ最中の時は、必死だった気がします。

ぐずる子どもを引きずりながら家に帰ったこともあるし、子どもと一緒に自分も大泣きしたこともあります。

過ぎてしまえば懐かしく、悲しみも怒りもこみ上げてきません。子育ては不思議です。

 

とりとめのない私の文章を最後まで読んでいただいてありがとうございます。

おまけ
息子が園児のころ「お相撲さんの体ってさ、お母さんに似てるよね。」 と、まさかの比喩。一生忘れません。